勝率1.8%からの逆転劇、
データが語るドーハの歓喜
日本代表4試合・44本のシュートをxGで完全解剖する
2022年11月23日、カタール・ハリファ国際スタジアム。日本代表のW杯初戦の相手はドイツ。前半が終わった時点で、シュート数はドイツ14本に対し日本はわずか1本。32分にギュンドアンがPKを決め、スコアは0-1。日本は前半終了間際にようやく1本シュートを放っただけで、ほぼ何もさせてもらえなかった。テレビの前で「やっぱり4度の優勝を誇る強豪国には勝てないか」と思った人は少なくないだろう。
後半が始まると、景色が一変した。森保監督は三笘薫、堂安律、浅野拓磨を投入する3枚替えを敢行。49分、鎌田大地が後半最初のシュートを放つ。70分を過ぎてもスコアは0-1のまま。しかし74分、堂安がこぼれ球を左足で叩き込んで同点。さらに82分、浅野がゴールライン際のほぼ角度ゼロの位置から右足でシュートを突き刺す。日本2-1ドイツ。「ドーハの歓喜」と呼ばれることになるこの逆転劇は、こうして生まれた。
この劇的な勝利を、感動ではなく「確率」で再現する道具がある。xG(Expected Goals / 期待ゴール値)だ。前回のVol.1でも使った指標で、シュートの位置・角度・状況から「そのシュートがゴールになる確率」を算出する。浅野の決勝ゴールのxGは0.027——同じ位置・角度から37回シュートを打って、1回入るかどうか。この記事ではxGをベースに、Monte Carlo法——乱数を使って試合を何万回もやり直し、勝敗の確率分布を推定する統計手法——で試合を20万回シミュレーションし、「日本が勝つ確率」を分単位で計算する。
ドイツ戦の逆転劇は何%の確率だったのか。スペイン戦はフロックだったのか。コスタリカ戦の敗北は不運だったのか。クロアチア戦のPK敗退は避けられたのか。4試合44本のシュートが語る、日本代表W杯2022の確率の物語を追体験しよう。
何%だったのか?
シミュレーションの前提: 各シュートをxG(ゴール確率)に基づく独立なベルヌーイ試行として扱い、試合ごとに20万回の勝敗判定を行った(N=200,000、標準誤差 ±0.1%未満で収束確認済み)。分単位の勝率は「その時点のスコア+残りの未消化シュート」で再シミュレーションした結果。モデルの限界として、(1) スコア状況による戦術変化(リード時の守備固め等)は反映されない、(2) シューターの個人技術やGK能力はxGに内包されている前提、(3) 各シュートの独立性を仮定しており、チームのモメンタムや疲労は考慮していない。なお、xGを集約したポアソン分布の解析解(ドイツ戦で約15%)とシュート個別ベルヌーイ試行(同22%)には差が生じる。これはシュートの質の分布が結果に影響するためで、本記事では後者を採用している。
このグラフが、ドイツ戦の「確率」を可視化したものだ。縦軸が日本の勝率、横軸が試合時間。キックオフ時の勝率は21.9%。約5回に1回しか勝てない計算で、ドイツの優位は明確だった。
前半はドイツが14本のシュートを浴びせる一方的な展開だったが、興味深いことに日本の勝率はジワジワと上昇している(22%→27%)。これはドイツのシュートが「消化」されるたびに、残りのリスクが減っていくからだ。しかし32分のPK被弾で9.5%に急落。後半に入っても低空飛行が続き、ドイツの追加シュートが続く中で勝率は7%台まで沈んだ。
試合が最も絶望的だったのは74分。堂安のゴール直前、スコア0-1の状態で日本の勝率は0.8%——100回シミュレーションして1回も勝てないレベルだった。堂安が同点ゴールを決めた直後(スコア1-1、74分)、勝率は1.8%に。「え、同点なのにまだ2%?」と思うかもしれない。しかし残り約16分で日本の未消化シュートはあと1本(浅野のxG 0.027)、ドイツには5本のシュート機会が残っていた。1-1から日本が勝ち越す確率より、ドイツに追加点を奪われる確率の方がはるかに高かったのだ。
そして82分。浅野拓磨が37回に1回しか入らないシュートを叩き込んだ瞬間、勝率は0.8%→80.0%へと約100倍に跳ね上がった。サッカーの90分間で、これほど劇的な確率変動は滅多に起きない。「ドーハの歓喜」は、データで見ても紛れもない奇跡だった。つまりこの試合は「日本が上手く勝った」のではなく、確率1%の窓をこじ開けた試合だった。
見方: 緑のピッチの右端がゴール。丸はシュート位置を示し、大きさがxG(ゴール確率)に比例する。黄色い丸がゴール。灰色の輪がドイツ、赤い輪が日本のシュート。
ピッチ上に並べると、この試合の「異常さ」が一目で分かる。ドイツの灰色の輪がゴール前に密集している。PKを除くオープンプレーだけで25本のシュートを放ち、総xGは1.98。理論上なら約2得点が期待できるシュートの質と量だった。しかし実際のオープンプレーからの得点はゼロ。ホフマンの至近距離シュート(xG 0.327)もグナブリの連続シュート(xG 0.215, 0.112, 0.055)も、全て権田修一の手に阻まれるか枠を外れた。
対照的に、日本の赤い輪はわずか12個。しかもほとんどが後半に集中している。注目すべきは2つの黄色い丸の位置だ。堂安の同点弾(xG 0.478)はペナルティエリア中央付近からの比較的「入りやすい」シュートだったが、浅野の決勝弾(xG 0.027)はゴールライン際のほぼ角度ゼロの位置。ノイアーの上を抜くという「選択肢としてはあり得るが成功率は極めて低い」シュートコースだった。
このピッチマップは、ドイツ戦の構造を端的に示している。ドイツは「たくさん打ったが決まらなかった」のではなく、「決まるべきシュートが決まらなかった」。日本は「少ないチャンスの中で、極めて低確率のシュートを決めた」。前者が不運で、後者が幸運か? おそらくその両方だ。つまりこのピッチマップが示しているのは「日本が強かった」ではなく、「xGを裏切る力がサッカーには存在する」ということだ。
スペイン戦の勝率タイムラインは、ドイツ戦とまったく違う形をしている。キックオフ時の日本の勝率は44.8%——ほぼ五分五分。ドイツ戦の22%とは大きく異なる。これはスペインのシュート数(12本)がドイツ(26本)より少なく、xGも0.86とドイツの2.77より大幅に低かったためだ。
11分にモラタのヘディング(xG 0.331)で先制され、勝率は13%に急落。しかしドイツ戦と決定的に違うのは、ここからの回復速度だ。後半開始直後の47分、堂安がペナルティエリア外から左足のミドルシュートを決める(xG 0.028——これもまた「36回に1回」の低確率ゴールだ)。勝率は一気に73.7%に跳ね上がる。さらに3分後の50分、三笘のゴールライン上の折り返し——いわゆる「三笘の1mm」——を田中碧がゴール前で押し込む(xG 0.873)。勝率は82.5%に。
ここで重要な事実がある。スペイン戦の日本のxG(1.16)はスペインのxG(0.86)を上回っていた。つまりxGの視点では、日本は「勝つべきチーム」だった。ドイツ戦が「22%からの奇跡」だとすれば、スペイン戦は「45%の順当勝ち」に近い。2つの逆転劇は世間では同じ「番狂わせ」として語られるが、データが示す確率構造はまったく異なる。
4試合を一覧にすると、日本代表の「運と不運のバランスシート」が浮かび上がる。ドイツ戦は勝率22%で勝利。コスタリカ戦は勝率48%で敗北。スペイン戦は勝率45%で勝利。クロアチア戦は勝率41%で引き分け、PK戦で敗退。
最も劇的な結果はドイツ戦だが、最も「不運」だったのは実はコスタリカ戦だ。日本のxG 0.77に対しコスタリカは0.20。シュート数も日本13本に対しコスタリカ4本。あらゆる指標で日本が圧倒していたにもかかわらず、コスタリカの4本目のシュート(xG 0.12)が決まり、日本は13本のシュート全てが枠に入らなかった。xGベースのシミュレーションでは、コスタリカが勝つ確率はわずか9%——約11回に1回しか起きない結果だった。
クロアチア戦も注目に値する。延長120分を含むxGは日本1.07 vs クロアチア0.85。日本のxGが上回っており、勝率も41%と互角だった。90分+延長30分という長丁場でもxG差は小さく、PK戦に持ち込まれたのはある意味「確率通り」の展開だった。しかし日本はPK戦で1/4しか決められなかった。PKの成功率は一般的に7割前後とされる。4本中1本(25%)は統計的に見て極めて不運な結果だったと言える。
4試合通算の日本の総xGは4.25に対し5得点。やや「期待値以上」に決めた大会だった。一方、対戦相手の総xGは4.68(ドイツ戦PKの0.78含む)に対し4得点で「期待値以下」。日本は自分たちが決めるべき以上に決め、相手には決められるはずの点を防いだ。運と実力の境界線は曖昧だが、少なくとも日本は「運を引き寄せる何か」を持っていた大会だったことは確かだ。
日本が大会で決めた5ゴールのxGを並べると、興味深いパターンが浮かぶ。5ゴールのxG合計は1.86、平均0.37。内訳を見ると、浅野のxG 0.027とスペイン戦の堂安のxG 0.028という超低確率ゴールが2本ある一方、前田0.459、ドイツ戦の堂安0.478、田中碧0.873と「妥当な確率」のゴールが3本。日本のW杯は「あり得ないシュート」と「順当なシュート」の両極端で構成されていた。
堂安律は2試合で2ゴールを決めたが、そのxGは0.478と0.028。ドイツ戦の1本目はペナルティエリア内からの「まあまあ入るシュート」だったが、スペイン戦のミドルシュートは36回に1回の低確率。浅野拓磨のドイツ戦決勝弾(xG 0.027)はさらに低く、37回に1回。W杯2022全大会152ゴール(オープンプレー)の中で7番目に低いxGからのゴールだった。
もう1つ特筆すべきは、5ゴール中4ゴールが後半に生まれたこと(唯一の例外は前田のクロアチア戦42分)。前半の日本のシュートは8本・xG 0.86だが、後半以降は36本・xG 3.39(延長含む)。日本は明確に「後半のチーム」だった。ドイツ戦・スペイン戦ともに森保監督はハーフタイムで5バックから4バックに切り替え、三笘薫・堂安律・浅野拓磨を一気に投入した。守備的な前半で相手を観察し、後半に攻撃的なカードを切る——この「2段階戦術」が前半xG 0.86/後半xG 3.39という4倍近い攻撃力の差として数字に表れている。
W杯2022の日本代表は、確率の反乱者だった。ドイツ戦とスペイン戦でxG上位チームを2試合連続で倒し、クロアチア戦でもxGで上回りながらPK戦で散った。4試合のうち3試合でxGの「負け組」側に勝利または互角に持ち込んだ。勝ち・負け・勝ち・引分(PK負)という成績だけを見ればベスト16敗退で「いつもの日本」だが、xGの窓を通して見ると、まったく違う構造が浮かぶ。
Monte Carloシミュレーションが示す「4試合の総合勝率」を考えると、日本がドイツに勝ちかつスペインに勝つ確率は約10%(0.22 x 0.45)。グループステージ突破自体が「10回中1回」の確率的事象だった。しかしスペイン戦のxGが示すように、日本は単に「運が良かった」わけではない。スペイン戦では実質的にxGで上回っており、戦術的に優位に立っていた。ドイツ戦の逆転も、後半の戦術変更がなければ起こり得なかった。運を引き寄せたのは、偶然ではなく「戦術変更による攻撃力の構造的向上」だった可能性が高い。
この分析にはもちろん限界がある。xGはシュートの「位置と状況」から算出されるモデルであり、シューターの技術レベル、GKの能力、精神的プレッシャーは考慮されない。浅野のゴール(xG 0.027)は「37回に1回」とモデルは言うが、浅野があの角度からノイアーの上を「狙って打った」のなら、モデルが過小評価している可能性もある。同様に、権田がドイツの猛シュートを次々止めたのは運ではなくGKの実力かもしれない。xGが「運」と分類するものの一部は、実はモデルが捉えきれない技術の要素を含んでいる。
それでも、マクロな視点でxGは有効だ。日本の4試合44本のシュート、対戦相手の59本のシュート。計103本のシュートを個別に見れば運も技術もあるが、集計すると日本の「やや過少なxGからの過剰な得点」と「対戦相手の過剰なxGからの過少な得点」という対称的な構造が見える。W杯2022の日本代表は、構造的に「運を味方にした大会」だった。ただしそれは恥ずべきことではない。W杯とはそういう場所だ——Vol.1で見たように、3試合しか戦わないグループステージでは分散が結果を支配する。
では、日本の結果は「分散の範囲内」だったのか。ポアソン分布で見ると、xG 4.25から5得点以上する確率は約42%、対戦相手がxG 4.68から4得点以下に収まる確率は約50%。個別には全く異常ではない。しかし4試合中3試合で「xG劣位側が勝利・互角」という方向の偏りが続いた点は注目に値する。1試合ならノイズだが、3試合連続なら構造的要因を疑う余地がある。ただし4試合のサンプルサイズでは、それが森保監督の「2段階戦術」による実力なのか、単なる分散の幸運な偏りなのかを統計的に判別することはできない。
ドーハの歓喜とは、「奇跡」ではなく「戦術変更が確率構造を書き換えた結果」だったということだ。2026年、日本はアメリカ・カナダ・メキシコの地で再び挑む。48チームに拡大される新フォーマットでは、対戦相手の幅が広がり、番狂わせの余地も増える。次の大会でも日本が「確率の反乱」を起こせるかどうか。それはデータではなく、ピッチの上で証明するしかない。
最もxGを裏切った試合は?
サッカー分析シリーズ Vol.2 ── 日本代表 W杯2022
Data: StatsBomb Open Data (github.com/statsbomb/open-data) | 2026
対象: FIFA World Cup 2022 日本代表全4試合 / 44シュート(PK除く)
Data provided free by StatsBomb. Licensed under CC BY-NC-SA 4.0.
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