利益は株主に、コストは従業員に
── 上場企業の配当は3割増えたが、給与は5%しか増えなかった
2019年から2024年の5年間で、上場企業の純利益は5割増えた。配当は3割増えた。では給与は? たった5%だ。
給料が上がらない。この言葉を何度聞いただろう。春闘で「賃上げ率5%超」がニュースになっても、手取りを見て「あれ?」と思う人は多いはずだ。物価も上がっているし、社会保険料も上がっている。実感としての「豊かさ」はほとんど変わっていない。
一方で、株式市場は活況だ。日経平均は4万円を超え、上場企業の純利益は過去最高を更新し続けている。企業は確かに稼いでいる。では、その利益はどこに行ったのか。
答えのひとつが「配当」だ。上場企業が株主に支払う配当金の総額は、2024年度に約9.8兆円。5年前の7.5兆円から30%増えた。同じ期間に平均給与が増えたのは、わずか29万円(626万円→655万円)。率にして4.7%。
この記事では、金融庁EDINETの有価証券報告書データから約2,600社の配当・給与・純利益を追い、「企業の利益はどう配分されているのか」をデータで可視化する。給料が上がらない「構造」を見にいこう。
配当金9.8兆円を日本の就業者数6,700万人で割ると、1人あたり約14.6万円。全員が株を持っていれば、給料とは別に毎年ボーナス1回分が振り込まれる計算だ。現実には株式保有は偏っているので、届く人と届かない人の差は大きい。
その果実は株主と従業員にどう分けられたのか?
まず全体像を見よう。上場企業の配当総額と平均年間給与を、同じ時間軸に並べる。
赤い実線が配当、青い破線が給与。2020年のコロナショックで両方が一瞬沈んだが、その後の回復スピードがまるで違う。配当は2023年に急回復し、2024年には9.76兆円に達した。一方の給与は、回復というより「じわじわ戻った」というのが正確だ。
この格差には構造的な理由がある。配当は「利益が増えたから増やす」という裁量的な支出だ。一方、給与は「基本給×人数」で決まる固定費であり、企業は景気が良くてもベースアップには慎重になる。ボーナスで調整することはあっても、基本給を30%上げる企業はまずない。
つまり、利益の「上振れ分」は構造的に株主に向かいやすい。給与は下方硬直性がある代わりに、上方にも硬直的なのだ。
この非対称は、業種によってどれだけ違うのか。配当増加率と給与増加率を、業種別に並べてみた。
海運業の配当増加率+2,227%は目盛を突き抜けているが、これは2019年時点の配当が小さかったところにコンテナ船バブルの利益が乗った結果だ。とはいえ給与も+28%と、他業種と比べれば大幅に上がっている。
注目すべきは「配当は大幅増なのに給与はほぼ横ばい」の業種だ。倉庫・運輸関連は配当+146%に対し給与+3.7%。化学は配当+41%に対し給与+3.2%。利益は出ているが、それを従業員に還元する経路が細い。
一方で、不動産業は配当+58%に対し給与+13%と、配当が4倍以上のペースで伸びた。逆に卸売業は配当+75%に対し給与+10%。業種によって格差の程度はまちまちだが、配当が給与を上回る方向は共通している。成果連動型の報酬体系が多い証券業でさえ、配当+12%に対し給与+7%と、同じ構図だ。
企業の規模が違えば配当総額も変わる。公平に比較するために、「従業員1人あたり」に換算してみよう。
2019年、従業員1人あたりの配当支払額は79万円だった。それが2024年には105万円になった。5年で32%の増加だ。同じ期間に給与は635万円から662万円に、率にして4.3%しか動いていない。
もちろん、配当は「その企業の従業員に」支払われるわけではない。株主という、多くの場合は社外のステークホルダーに向かう。だが、1人の従業員が稼ぎ出した利益のうち、株主に回る割合が年々大きくなっているという構図は、このグラフが明確に示している。
背景にあるのは、コーポレートガバナンス改革だ。2015年のガバナンスコード導入以降、企業は「株主還元」を経営指標として重視するようになった。ROE目標を掲げ、自社株買いと増配を組み合わせる。その結果、利益の配分は確実に株主側にシフトした。
ここで重要な事実を確認しておこう。実は、配当性向(純利益に占める配当の割合)は上がっていない。
配当性向は2019年の19.6%から2024年の16.7%へ、むしろ下がっている。配当が増えた理由は単純で、分母の純利益が38兆円から59兆円に増えたからだ。比率を据え置いても、利益が増えれば配当は増える。
これは「企業が強欲に配当を増やした」という物語とは少し違う。むしろ「利益が増えたのに、その増分を従業員に回さなかった」というのが正確な描写だ。配当性向を上げたわけではない。ただ、賃金の上昇が利益の伸びにまったく追いつかなかっただけだ。
最後に、この構造がどれだけ普遍的かを確認する。33業種のうち、配当増加率が給与増加率を上回った業種はいくつあるか。
答えは27業種。全体の82%だ。例外の6業種(電気・ガス、医薬品、空運、繊維、輸送用機器、鉱業)は、いずれも配当自体が減少した業種だ。つまり「配当が増えた業種では、もれなく給与の伸びを上回った」ということになる。
これは一部の業種の特殊事情ではなく、日本の上場企業に広く共通する構造だ。製造業も、金融も、サービス業も、小売も、すべて同じ方向を向いている。
なぜこれほど普遍的なのか。ひとつは前述の「配当は裁量的、給与は固定的」という構造。もうひとつは、株主の声が制度的に強くなったことだ。機関投資家の議決権行使基準、東証の「資本コストを意識した経営」要請。配当を増やす圧力は明確だが、賃金を上げる制度的圧力は、春闘を除けばほとんど存在しない。
日本企業の利益配分は、この5年で静かに、しかし確実に変わった。
純利益は5割増えた。その間に配当は30%増え、内部留保は43%膨らんだ。給与が増えたのは5%だ。これは企業が「悪い」という話ではない。配当性向はむしろ下がっている。企業は利益の一定割合を粛々と配当に回しただけだ。問題は、給与を決める仕組みが利益の変動に連動していないことにある。
構造的に見れば、日本の賃金決定メカニズムは「利益分配」ではなく「コスト管理」の枠組みに留まっている。基本給は生活費ベースで決まり、業績連動部分はボーナスに限定される。この設計では、利益が2倍になっても給与は10%も上がらない。一方、配当は利益に比例して自動的に増える。賃金と配当では、利益への「感応度」がまったく違うのだ。
2024年の春闘で賃上げ率は33年ぶりに5%を超えた。これは明るいニュースだが、5年間の配当増加率30%と比べれば、まだキャッチアップの途中に過ぎない。賃金が利益に追いつくには、単年の春闘だけでなく、報酬体系そのものの設計変更が必要だ。
ただし、このデータには限界がある。平均給与はEDINETの「提出会社」単体ベースであり、連結子会社や非正規雇用は含まれない。また、ストックオプションや株式報酬は給与に含まれないため、実質的な報酬格差は本データが示す以上に複雑だ。
それでも、9.8兆円の配当と4.7%の賃上げという数字は、日本企業の利益配分の現在地を端的に示している。利益は確かに増えた。その果実をどう分けるかは、制度と交渉の問題だ。
📊 33業種中27業種で配当の伸び>給与の伸び — 例外は全て配当が「減った」業種。増えた業種では100%株主優位
🔍 配当性向は上がっていない — 企業が「強欲に」配当を増やしたのではなく、利益が増えたのに給与の仕組みが追いつかなかっただけ
株価が帳簿より安い企業は、何が足りないのか?
経済分析シリーズ Vol.7 ── 企業財務
Data: 金融庁 EDINET(有価証券報告書) / 2026.3.9
Analysis: 上場企業約2,600社(2019-2024年度)の配当・給与・純利益
企業財務データは金融庁EDINET(電子開示システム)から取得した有価証券報告書に基づきます。



