W杯2022で最も運が良かったチーム、
最も不運だったチーム
1,494本のシュートと188.02のxGが語る、32チームの「本当の実力」
2022年11月22日、カタール・ルサイル。W杯グループステージ初日、アルゼンチン対サウジアラビア。メッシ率いる優勝候補は前半からシュートを量産し、PKで先制した。前半だけで5本のシュート、期待ゴール値(xG)は1.09。一方のサウジアラビアは前半シュートゼロ。スコアもデータも、アルゼンチンの圧勝を予告していた。
しかし後半が始まると、何かが変わった。47分、アル・シェフリーがゴールネットを揺らす。52分、アル・ダウサリがペナルティエリア外からカーブをかけたシュートをゴール右隅に突き刺す。サウジアラビアのxG合計はわずか0.15。100回シミュレーションしたら97回はアルゼンチンが勝つ試合だった。これは「番狂わせ」か、それとも「実力」か。
この問いに答えるための道具がある。xG(Expected Goals / 期待ゴール値)だ。シュートの位置・角度・状況から「そのシュートがゴールになる確率」を算出する指標で、ゴール正面至近距離なら0.40(40%入る)、PKなら0.78(78%)、ハーフウェイラインからなら0.01(100本に1本)といった具合に、1本1本のシュートに「値札」がつく。xGを使えば、チームの攻撃力を「期待値」で測定できる。そして実ゴール数と期待値の差(G-xG)が「プラスなら期待以上に決めた」「マイナスなら期待ほど決められなかった」ことを意味する。本稿ではこの残差を便宜上「運」と呼ぶ。もちろんシュート精度やGKの能力も含まれるが、xGが捉えきれない部分をまとめて「運」と括ることで、大会全体の構造が見えてくる。
この記事では、W杯2022の全64試合・1,494本のシュートをxGで解剖する。32チームの攻守バランス、最も決定力があったチーム、最も不運だったチーム。データが語る、サッカーの「運と実力」の境界線に迫る。
どこか? そして最も「不運」だったのは?
散布図の右下に位置するチームが「攻守ともに優れたチーム」だ。注目すべきは、ブラジル(xG/試合 2.73)とドイツ(2.74)がこのエリアに堂々と鎮座していること。1試合あたりの攻撃力で見れば、優勝したアルゼンチン(3.00)に次ぐトップクラスだった。しかしドイツはグループステージで姿を消し、ブラジルもベスト8でクロアチアにPK負けを喫した。
ドイツは3試合でxG 8.23を記録しながらわずか6得点。特に日本戦ではxG 2.77に対し1得点に終わった。ブラジルは5試合でxG 13.64ながら10得点。期待値との乖離(G-xG: -3.64)は大会最大のマイナスだった。「打てば入る」はずのシュートが決まらない——データは彼らの苦悩を静かに記録していた。
大会全体では1,494本のシュートから195ゴール。総xGは188.02だったから、ゴール数は期待値をわずかに上回っている(195/188.02 = 1.037倍)。つまりW杯2022は全体としてほぼ「確率通り」に推移した大会だった。大会全体でxGが収束する中で、個別チームの「ずれ」こそが、運と不運の分布を形作っている。
その中で優勝したアルゼンチンは攻撃力(xG/試合 3.00)で大会トップに立ちながら、被xG(1.61)はやや高め。完璧な守備ではなく、圧倒的な攻撃量で相手を上回るスタイルだった。そして「期待値に少し上乗せする」決定力(G-xG: +2.01)が、頂点への鍵だったことがデータに刻まれている。
このチャートがW杯2022の「運の分布」を可視化している。緑の右に伸びるバーが「期待値より多く決めたチーム」、赤の左に伸びるバーが「期待値より少なかったチーム」だ。
最も幸運だったのはポルトガル(+4.69)。5試合でxG 7.31に対し12得点。期待値のほぼ倍のゴールを叩き込んだ。ブルーノ・フェルナンデスの超低xGゴール(0.008)に象徴されるように、少ないチャンスを確実に、いやそれ以上に決め切った。イングランド(+4.26)、オランダ(+4.09)も同様に「持っている」チームだった。
対照的に、最も不運だったのはブラジル(-3.64)。圧倒的にシュートを打ちながら決まらない。続いてカナダ(-2.93)、ベルギー(-2.69)、ドイツ(-2.23)も大幅な「xG赤字」を抱えていた。ベルギーとカナダの試合は象徴的だ——カナダはxG 2.55を叩き出しながら1点も取れず、ベルギーはxG 0.67でわずか1得点。xGで圧倒した側が負ける、W杯の残酷さがここにある。
興味深いのは、運と不運が最終成績に直結しないこと。最も幸運なポルトガルも、最も不運なブラジルも、ともにベスト8で大会を去った。優勝したアルゼンチンのG-xGは+2.01と「少しだけ幸運」な程度。W杯を制するには、運だけでは足りない。圧倒的な攻撃量(xG 1位)の土台があって初めて、小さな幸運が意味を持つ。
見方: 緑の枠がピッチの攻撃側半分。丸はシュート位置を示し、大きさがxG(ゴール確率)に比例する。黄色い丸がゴール。青い輪がアルゼンチン、緑の輪がサウジアラビアのシュート。
ピッチ上にプロットすると、この試合の「異常さ」が一目で分かる。アルゼンチンの青い輪がゴール前に集中している。ペナルティエリア内からの至近距離シュートが複数あり、タリアフィコの1本(xG 0.636)やリサンドロ・マルティネスの1本(xG 0.332)など、本来なら高確率で決まるべきシュートがことごとくブロックやセーブに阻まれた。
対照的に、サウジアラビアの緑の輪はわずか3つ。しかもペナルティエリアの端やエリア外からの低xGシュートだ。アル・ダウサリの52分のゴールはxG 0.033——100回のシミュレーションで3回しか入らない位置から、カーブをかけてゴールに吸い込ませた。これは技術か、運か。おそらく両方だ。
この試合はW杯2022のxG番狂わせ度1位(xG差 2.34)。2位のカメルーン対ブラジル(xG差 2.00)、3位のベルギー対カナダ(xG差 1.88)を大きく引き離している。サッカーの美しさは、こうした「確率の反乱」が4年に一度の最大の舞台で起きることにある。
日本代表の4試合をxGで見ると、「奇跡」と「悲劇」の両面が浮かび上がる。ドイツ戦(xG 1.25 vs 2.77)とスペイン戦(xG 1.16 vs 0.86)は、いずれもxG差が小さくない試合で勝利を掴んだ。特にドイツ戦のxG差1.52は、大会4番目の番狂わせ度だった。
しかし日本のxGストーリーで最も劇的なのは、クロアチア戦だ。延長120分を含めたxGは日本 4.20 vs クロアチア 3.99。合計8.19は大会屈指の「熱量」を記録した試合であり、日本はxGで上回っていた。データ上は「勝つべきチーム」だったのだ。しかし結果はPK戦での敗退。サッカーにおいて「xGで勝る」ことと「試合に勝つ」ことの間には、PKという名の深い溝がある。
4試合通算で見ると、日本のG-xGは-1.38。xG 7.38に対し6得点で、やや「不運」側に位置する(※クロアチア戦は延長120分のため、他の3試合の90分とは試合時間が異なる。合計xGは単純合算であり、時間あたりの効率比較ではない点に注意)。しかしこの数字は、ドイツとスペインを撃破した「幸運」と、クロアチア戦の「不運」が相殺された結果だ。1つの大会の中でも、運は均等に分配されない。
W杯2022の32チームで、1試合あたりのxG(攻撃力)と最終順位の相関を計算すると、スピアマン相関係数は0.58。xGが高いチームほど上位に進む傾向は確かにあるが、完全には一致しない。ドイツ(xG/試合 2.74で大会トップクラス)がGS敗退し、ブラジル(xG総量2位)がQF止まりだった事実が、この「不完全な相関」を物語る。攻撃力は勝ち上がりの必要条件だが、十分条件ではない。
では、何が「攻撃力と順位のギャップ」を生むのか。その答えがG-xGの分散だ。32チームを試合数で分けてG-xG/試合の標準偏差を計算すると、構造が鮮明に浮かぶ——GS敗退の16チーム(3試合)はSD=0.50。R16敗退の8チーム(4試合)はSD=0.36。そして4強以上の4チーム(7試合)はSD=0.16。3試合から7試合へ、標準偏差は3.1倍縮小する。試合数が増えるほど「運」が平準化され、G-xGの振れ幅が収束していく。
7試合を戦い抜いた4チーム——アルゼンチン(G-xG +2.01)、フランス(+3.04)、クロアチア(+1.83)、モロッコ(+0.32)——は全員がG-xGプラスだ。1試合あたりに直すとアルゼンチンは+0.29、フランスは+0.43。この「わずかな上振れ」は、7試合分のシュートが積み重なる中で運が平準化された後に残った部分——つまり「実力」に近い成分と考えられる。3試合では分散が結果を支配する。7試合では期待値が収束する。W杯を制するとは、分散の荒波を7試合耐え切ることだ。
グループステージと決勝トーナメントを試合単位で比較すると、1試合ごとのG-xGの分散はGL(var 1.22)よりKO(var 1.77)の方が大きい。これはKOに延長戦が含まれること、そしてトーナメントの一発勝負が「守りに入る vs 攻め切る」の極端な展開を生みやすいことが影響している。皮肉なことに、1試合ごとの「運の振れ幅」は決勝トーナメントの方が大きい。だからこそ、ブラジルのようなxG上位チームがKO1試合で消える一方、ロースコアに持ち込んだモロッコがベスト4に進めた。
もちろん、この分析には限界がある。xGはシュートの位置と状況から算出されるが、GKの能力やシューターの技術レベルは考慮されない。アル・ダウサリのゴラッソ(xG 0.033)は「確率の反乱」であると同時に、卓越した個人技の結果でもある。本稿が「運」と呼んだものの一部は、実は「モデルが捉えきれない技術」だ。G-xGの分散には、純粋な運だけでなく、xGが織り込めないフィニッシュ精度の個人差も含まれている。
それでも、1,494本のシュートを並べた大会全体のG-xGはわずか+6.98(195ゴール - 188.02 xG)。64試合の総体ではxGはほぼ完璧に収束する。大数の法則が効く規模では期待値が正しい。しかし1チームの3試合という小さなサンプルでは、分散が期待値を凌駕する。サッカーW杯が「4年に一度の奇跡」を生み続けるのは、大会の構造自体が分散に支配されるように設計されているからだ。2026年、48チームに拡大される次のW杯では、1回戦が増える分だけ、番狂わせはさらに増えるだろう。
あの逆転劇の「確率」は何%だったのか?
サッカー分析シリーズ Vol.1 ── W杯2022
Data: StatsBomb Open Data (github.com/statsbomb/open-data) | 2026
対象: FIFA World Cup 2022 全64試合 / 1,494シュート / 32チーム
Data provided free by StatsBomb. Licensed under CC BY-NC-SA 4.0.
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