ベクデルテスト合格率44%
映画の半分は、女性同士が会話しない
映画に名前のある女性が2人いて、お互いに会話して、その話題が男以外──たったこの3条件を満たす映画は、全体の44.4%しかない。
1985年、アメリカの漫画家アリソン・ベクデルが連載していたコミック『ダイクス・トゥ・ウォッチ・アウト・フォー』の中で、あるキャラクターが「映画を見るかどうかのルール」を語った。①名前のある女性が2人以上出ること、②その女性同士が会話すること、③その会話の話題が男以外であること──この3つだけ。驚くほどシンプルなルールだが、これが後に「ベクデルテスト」として世界中で知られるようになる。
ルールの低さに注目してほしい。「主人公が女性であること」も、「女性の物語が描かれていること」も、「女性が活躍すること」すら要求していない。ただ「2人の女性が、男の話題以外で1回でも会話するかどうか」──それだけだ。映画のジェンダーバランスを測る最低限のリトマス試験紙と言っていい。
では、この「最低限のハードル」を実際にクリアする映画は何%あるのか。TMDBに登録された32,294本の映画と、FiveThirtyEightが整備したベクデルテストのデータベース1,773本を突き合わせ、さらにキャスト・監督のジェンダーデータを70年分分析した。結果は、ハリウッドの構造的な偏りを浮き彫りにする。
この記事では、ベクデルテストの合格率44.4%を起点に、ジャンル別のギャップ、スコアとの逆説的な関係、予算配分の不均衡、そして70年にわたる変化の軌跡を追う。「女性の映画は質が低い」という通説に、データは何と答えるのか。
「品質」の問題なのか、「構造」の問題なのか?
ベクデルテストは3段階のフィルターだ。まず「名前のある女性が2人以上いるか」、次に「彼女たちが会話するか」、最後に「その会話の話題が男以外か」。FiveThirtyEightが整備したベクデルテストデータベース全1,794本がこのフィルターを通った結果を見てみよう(以降の分析ではTMDBと照合できた1,773本を使用。合格率44.4%はこの照合後の数値だ)。
最も多い不合格理由は、「女性が2人いるのに会話しない」パターンだ。514本、全体の28.7%がここで脱落する。映画に女性キャラクターは出てくるが、彼女たちが互いに話すシーンが一度もない──つまり、女性は「主体」ではなく「装飾」として機能している。
次に目立つのが「会話の話題が男だけ」のパターン(10.8%)。女性同士が会話はするものの、その内容がすべて男性キャラクターについて──恋人、夫、上司、敵。女性キャラクターの存在意義が男性を中心に定義されている構造だ。
そもそも「名前のある女性が2人すらいない」映画も7.9%ある。2024年に公開された映画でも、だ。ベクデルテストの基準は驚くほど低い。それでも半分以上の映画がクリアできない。
ベクデルテストのデータベースには1,794本の映画がある。うちTMDBと照合できた1,773本がこの記事の主要サンプルだ(21本はTMDB未登録または投票数不足で除外)。だがTMDBの出演者データを使えばもっと広い視野で見える。投票50件以上の32,294本の映画について、主要キャスト上位10人の女性比率を調べた。
分布のピークは30〜39%帯(21.0%)。平均は36.1%だ。映画の主要キャストにおいて、女性は「3人に1人」程度しかいないのが標準的な姿ということになる。
女性が過半数を占める映画(50%以上)は全体の28.5%しかない。逆に、女性比率が20%以下──つまり10人中2人以下──の映画が13.8%もある。主演(トップクレジット)が女性である映画は30.8%で、男性主演の66.5%と比べると半分以下だ。
なぜ36%なのか。映画の企画段階で「主人公は男性、相棒も男性、敵役も男性、恋人だけ女性」という脚本のテンプレートが、今もなお業界の出発点になっていることが大きい。バディムービー、ヒーローズジャーニー、犯罪映画──いずれも「男性のデフォルト」を前提に設計されたフォーマットだ。女性キャラクターはこのテンプレートに「追加」されるのであって、「起点」にはならない。分布のピークが30〜39%にあるのは、この構造的なテンプレートの産物だ。
ここで重要なのは、この数字がTMDB全体の「平均的な映画の姿」だということだ。アート映画もブロックバスターも、インディーもメジャーも含めた32,294本の実態。偏りは特定のジャンルの問題ではなく、映画産業全体の構造だ。
ベクデルテストの合格率はジャンルによって大きく異なる。人間関係が中心になるジャンルほど合格率が高く、アクションや戦争など「男の世界」を描くジャンルほど低い。
トップはロマンス(60.3%)とホラー(59.0%)。ロマンスは当然として、ホラーが高いのは意外かもしれない。だがホラー映画は「女性が主人公として恐怖に立ち向かう」構造が多い。スクリームのシドニー、エイリアンのリプリー、ミッドサマーのダニー──いずれもベクデルテストをクリアする。
逆にアクション(28.3%)や犯罪(32.4%)が低いのは、これらのジャンルが「男性主人公 × 男性の敵役 × 男性の相棒」という構造に強く依存しているためだ。女性キャラクターは「恋人」か「守られる対象」として配置され、互いに会話する機会がそもそも脚本に書かれない。
この32ポイントのジャンル差は、ベクデルテストの結果が「映画の質」ではなく「ジャンルの構造」に大きく依存していることを示している。では、その構造はスコアにどう影響するのか。
直感的には「ジェンダーバランスの良い映画=質の高い映画」と思いたくなる。しかしデータは逆のことを言っている。ベクデルテスト不合格映画のほうが、平均スコアが高い。
なぜ「ジェンダーバランスが悪い映画」のほうが高スコアなのか。答えは、映画史の「名作リスト」を見れば一目瞭然だ。
ショーシャンクの空に、ゴッドファーザー、ダークナイト、ロード・オブ・ザ・リング──映画史に刻まれた「名作」の圧倒的多数は、男性の物語だ。これらの映画が不合格なのは「女性が描けていない」からではない。そもそも「男の世界」を描いた映画として設計されている。
では、ジャンルの偏りを統制したらどうなるか。同じジャンル内で、合格映画と不合格映画のスコアを比較してみた。
ドラマで-0.26、スリラーで-0.19、アクションで-0.16。ほとんどのジャンルで、ベクデルテスト不合格映画のほうがスコアが高い。ジャンル構成比の偏りを差し引いても、この傾向は残る。
ただし、ここで因果関係を読み取ってはいけない。「女性の会話がないから質が高い」のではなく、「質が高いと評価されてきた映画の多くが、歴史的に男性中心の物語だった」のだ。映画評価の「正典」自体が、男性の物語に偏って形成されてきた──それがデータの示す構造だ。
スコアの差はわずか0.15点。しかし、予算の差ははるかに大きい。ベクデルテスト合格映画は、不合格映画より22%少ない予算で作られている。
合格映画の平均予算$40Mに対し、不合格映画は$51M。合格映画のほうが22%少ない。興行収入も合格$142Mに対し不合格$171Mで、絶対額では不合格映画が上回る。だがROI(投資対効果)で見ると、合格映画の3.56xが不合格映画の3.34xを上回る。
女性主演映画にも同じパターンが見える。女性主演の平均予算$22.5Mは、男性主演の$29.6Mより24%少ない。それでもROIは女性主演2.85xに対し男性主演2.74x。女性の物語は、与えられた予算の範囲内でより効率的にリターンを生んでいる。
つまり、問題は「需要」ではない。観客は女性主導の映画を見ている。問題は「供給」──どの映画にいくら投資するかという配分の偏りだ。少ない予算でも同等以上のリターンがあるなら、過少投資は合理的ではなく、慣性の産物と言うべきだろう。ただし、このROI比較はジャンルを統制していない点に注意が必要だ。ロマンスやホラー(合格率が高い)は元来低予算・高ROIのジャンルであり、ジャンル構成比の差がROIの優位に寄与している可能性がある。
構造的な偏りは「不変」なのか、それとも変化しているのか。女性主演率と女性監督率を1950年代から2020年代まで追ってみた。
女性主演率は1950年代の20.2%から2020年代の41.4%へ、70年で倍増した。特に2000年代以降の上昇が顕著で、10年ごとに5〜6ポイントずつ増えている。映画産業が意識的にジェンダーバランスを是正しようとしている兆候だ。
女性監督の増加はさらにドラマチックだ。1950年代にはわずか1.0%だった女性監督比率が、2020年代には17.9%まで上昇した。18倍の増加だが、それでもまだ「5人に1人以下」。カメラの前のジェンダーバランスは改善しつつあるが、カメラの後ろはまだ大きく偏っている。
ベクデルテストの合格率を年代別に見ると、1970年代の24.5%から2000年代の48.5%まで上昇した後、2010年代は44.6%とわずかに下がっている。これは2010年代にマーベル・DCなどのアクション大作が急増し、ジャンル構成比が変化したためと考えられる。「ベクデルテストの合格率」は映画そのものの進化だけでなく、どんなジャンルの映画が多く作られるかにも左右される。
ハリウッドの「投資配分」だった。
44.4%という合格率が暴いているのは、「女性が映画を悪くしている」ことではない。「女性の物語に投資されていない」ことだ。予算の22%ギャップ、トップ15映画の80%がFAILという事実、そしてそれでも合格映画のROIが上回るという矛盾──すべてが同じ構造を指している。
映画評価の「正典」は、女性の物語が構造的に排除されていた時代に形成された。1950〜80年代、女性主演率はわずか20%前後。この時代に「名作」と認定された作品群が、現在のTMDBスコアの上位を占めている。ショーシャンクの空に、ゴッドファーザー、ダークナイト──これらが「質の高い映画」の基準を形作った。ベクデルテスト不合格映画のスコアが高いのは、「不合格のほうが優れている」のではなく、「優れているとされる映画が不合格の時代に作られた」結果だ。
ROIデータはこの解釈を強く支持する。合格映画のROI 3.56xは不合格の3.34xを上回り、女性主演映画のROI 2.85xも男性主演の2.74xを超える。市場は女性の物語を差別していない。差別しているのは、投資を配分するパイプラインのほうだ。
ただし、この分析には限界がある。ベクデルテストはあくまで「最低限の基準」であり、合格したからといってジェンダー描写が優れているとは限らない。多くのロマンティック・コメディはテストに合格するが、ステレオタイプな女性像を再生産していることもある。逆に『ゼロ・グラビティ』のように女性が1人しか出ないがゆえに不合格でも、力強い女性像を描いた作品もある。テストは「構造の指標」であり、「質の指標」ではない。
ベクデルテストが本当に測っているのは、ハリウッドの「意思決定の遅れ」だ。2020年代、女性主演率は41.4%に達し、女性監督率は17.9%まで上昇した。1985年と比べれば映画産業は確実に変わりつつある。だが「対等」にはまだ遠い。データが示しているのは、市場がとっくに受け入れている変化に、ハリウッドの投資配分がまだ追いついていないということだ。
マーベル全作品の「品質カーブ」とフランチャイズ疲労の始まりを追う。
映画分析シリーズ Vol.11 ── ベクデルテスト合格率44%
データ出典: TMDB (The Movie Database) / FiveThirtyEight Bechdel Test Dataset
分析対象: ベクデルテスト1,773本 + ジェンダー分析32,294本(投票50件以上)
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